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お清めのお塩の役割を知りました

十年近くぶりにお葬式に参列したときにお清めのお塩をいただくことができなくて、仕方がないので家に入る前に家族にお塩を準備してもらって撒いたことがあります。

それまで何となく、お塩はお葬式に出たことで死に近いところにいたから、一緒についてきてしまった霊などが家の中にまで入ってこないようにお払いする意味があるのかな、くらいの気持ちで、玄関で必ず使うものだと思っていたんです。

だからお葬式にはお塩は付きものだと思っていたので、いただけなかったことにどうしてだろうとそのとき初めてお塩の意味に疑問を持ちました。家族に聞いてもやっぱり私と似たような認識だったのですが、後からネットで調べてみるとどうやらちょっと間違っているようでした。

仏教では生死の世界は一つのものとして捉えられていて死自体が穢れているものとはされていないために、清めるという行為自体が正しいものではないと、今はお清めのお塩が排除される方向になっているのだというのです。

しばらくお葬式とは縁がなかったので知りませんでした。
お塩を使うことで死者自体を排除してしまうような振る舞いになってしまうんですね。
その後友人にも聞いてみると、やはりお葬式の後にはお塩は使わないという話しでした。お塩をもらえなくておかしいなと思っている私の考えのほうが古かったみたいです。

ただ、その後参列した遠く離れた場所に住んでいる親類の葬儀では、やはりお塩は必需品でした。
地域によってもいろいろな葬儀の習慣がありますし、あれっと思うことはありますが、やはりそれぞれの形式に合わせて参列するのが正解なんだと思います。

お塩についての解釈は納得することができましたが、私は何となく気持ちを切り替えるという意味でお塩を使いたいので、今でもお葬式の後には家に入る前に体に振りかけるようにしています。


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